Case

車を売って二年半、保険に入れという命令書が来た

September 5, 2026황윤상 행정사AI

私は仁川・松島(ソンド)で行政書士事務所を営んでいます。仕事の中で出会った、あるエピソードを紹介します。

今年の六月、「自動車管理法」のある条項が静かに変わりました。義務保険への加入命令を受けても一年を超えて履行しなければ、その自動車を職権で抹消登録できるようになったのです。長く放置された車、名義だけ残って実物の所在が分からない車を、行政が整理できるようにするための条項です。

趣旨は明確です。ただ、条項というものは、いつも一方向にだけ働くわけではありません。ある人にとってこの条項は、整理の手段ではなく時計です。通知が届いた日から、一年が数え始められるという意味だからです。

夏の終わりごろ、その時計がすでに半分ほど回った状態で相談の申し込みが入りました。依頼人はその車を二年半前に売っていました。ところが、保険に加入せよという命令書は、その方の宛名で届いた。書類上、その車の持ち主は、依然として売った人だったのです。

郵便の束から出てきたもの

まずメールが来ました。写真は十一枚。通知書、納付書、案内文。撮影角度がまちまちなところを見ると、急いで撮ったのは明らかでした。予約は翌週火曜の午後に取られ、会う前に検討は半分ほど終わっていました。

依頼人は三十代半ばの会社員でした。二年半前、地方への異動をきっかけに、駐車スペースのない社宅へ移りました。十二年落ちの乗用車でした。中古相場を調べると、業者に引き取らせるより個人間取引のほうが百万ウォン近く有利でした。オンラインの直取引カフェで買い手と会い、契約書を交わし、残金を口座で受け取り、譲渡証明書と印鑑証明書を封筒に入れて一緒に渡しました。買い手は「来週、登録所に行ってすぐ移します」と言いました。四日後にメッセージが届きました。*ちゃんと済ませました。ありがとうございます。*

そのメッセージを、その方は二年半のあいだ信じました。

疑う理由も特にありませんでした。車はすでに相手が乗っていき、残金は入り、書類は渡した。残る手続きがあるとすれば、それは相手が登録所へ行くことでした。自分の車になった以上、自分の名義に変えるのは相手にとっても利益なのだから、やらない理由はない――そう考えたというのです。相談でこの箇所を聞くたびに、私は頷いてしまいます。常識で見ればそうです。常識と登録制度が食い違う地点が、まさにここです。

郵便は実家に届いていました。異動の際に住民登録は移したものの、銀行や通信会社など、以前の住所のまま残っているものが多く、母親は息子宛ての郵便を一つの箱にまとめておく習慣がありました。ほとんどはカード会社の案内でした。その中に自動車税の納付書が紛れていたことを、本人も母親も知りませんでした。

夏の帰省でその箱を開けました。自動車税の納付書、滞納の案内、差押えの通知、過料が三件、そして義務保険加入命令書。

「私が売った車です。二年半前に。」

その言葉を事務所で改めて聞いたとき、私はまず確認すべきことが一つある、と言いました。いま書類上、その車の持ち主が誰なのか、です。

登録原簿が語ったこと

自動車登録原簿を取得しました。甲区に記された所有者は依頼人でした。二年半前のその日付以降、移転登録の記録はありませんでした。

乙区には差押え登録が二件。いずれも地方自治体名義――自動車税の滞納による差押えです。抵当権はありませんでした。ローンを組まず現金で買った車ですから、当然です。

依頼人が尋ねました。「乗ってもいない車の税金が、なぜ私に来るんですか。」

自動車税は登録原簿上の所有者に課されます。誰が実際に乗っているかではなく、書類に誰の名前が書かれているかが基準です。ですから移転登録が済んでいない車は、税も、過料も、保険の義務も、すべて売った人に残ります。売買の場合、移転登録の期限は十五日。この期限を守るのは買った人の義務ですが、守られなかったとき請求書を受け取るのは売った人です。この構造が本件のすべてであり、同時に、こうした相談が絶えない理由でもあります。

依頼人の事情は、もう少し切迫していました。翌年の春に結婚を控えていたのです。新居のチョンセ(保証金)ローンを調べている最中で、銀行の窓口で地方税の滞納歴の話が出た、と言います。差押えがかかった状態と、滞納が整理された状態は、書類上、別のものとして読まれます。その方にとって本件は、自動車の問題ではなく「三月の問題」でした。

時間を計算してみました。義務保険加入命令書が届いた日は五か月前。一年が過ぎれば職権抹消が可能になります。そして過料三件には、それぞれ別の時計が付いていました。

行政審判をかけてほしい、と言われましたが

依頼人が事務所に来る際に用意していた依頼は、明確でした。過料が理不尽だから行政審判を請求してほしい、というものです。ネットでそう見た、と。処分が不当なら行政審判――その言葉はおおむね正しい。

ただ、過料はその「おおむね」に入りません。

過料の賦課は、行政審判や行政訴訟で争う対象ではありません。実際に車両を譲渡し書類まで渡したのに、譲受人が登録と保険加入を先延ばしにしたために、譲渡人に義務保険未加入の過料が科された事案で、裁判所は、その当否は「秩序違反行為規制法」が定める手続で判断されるべきだとして、訴えを却下した例があります。事情が気の毒でないからではなく、争う通路そのものが違う、という意味です。

この最初の見立てが、本件で最も重要な分かれ道でした。ここで方向を誤れば、数か月かけて準備した請求が、中身の判断すら受けられないまま終わります。そしてその数か月のあいだに、異議申立ての期間は静かに過ぎていきます。

過料を争う通路は、賦課通知を受けた日から六十日以内に、賦課官庁へ異議を申し立てることです。異議が申し立てられると、賦課官庁は裁判所に通報し、その後は裁判所の過料裁判手続へと移ります。順序は決まっており、それを飛ばす方法はありません。

私はその場で、三件の通知の日付をそれぞれ書き留めました。

生きている期限は一つだけだった

三件のうち二件は、すでに六十日が過ぎていました。一件は十九日残っていました。

これをどう伝えるかは、実務では常に悩ましいところです。「方法がある」と言うほうが、相談は柔らかく進みます。しかし過ぎた期限をよみがえらせる方法はなく、あるかのように言えば、四か月後にもっと大きな失望が来ます。

「二件は争えません。一件は、いまから十九日以内に異議申立書を出さなければなりません。」

その方はしばらく黙ってから、ではその一件だけでもやってみよう、と言いました。

生きていた一件は、義務保険未加入の過料でした。「自動車損害賠償保障法」は、義務保険に加入していない自動車保有者に加入を命じられるようにし、それでも加入しなければ登録番号板を領置できるようにしています。問題は、ここでいう自動車保有者に登録名義人が含まれる点です。車を渡したという事実だけで、自動的に抜けられるわけではありません。

そこで異議申立ての理由書は、三つの軸で組みました。

第一に、事実関係の軸。契約書、残金振込の記録、譲渡証明書の写し、印鑑証明書の発給履歴、そして引渡し当日にやり取りしたメッセージと、四日後の「ちゃんと済ませました」というメッセージ。この順に並べれば、譲渡人ができることはすべて終え、登録だけが残っていたという事実が、時系列で浮かび上がります。

第二に、運行支配の軸。売主が代金を全額受け取り車を引き渡したうえ、名義変更に必要な書類一式を渡し、買主がいつでも登録できたにもかかわらず、買主側の事情で先延ばしにされた場合、裁判所は、売主がその車に対する運行支配と運行利益から離脱したと判断してきました。損害賠償の局面で扱われてきた法理ですが、義務保険加入の義務を誰が実質的に負っていたかを説明する資料として使えます。

第三に、現状の軸。異議とは別に、登録問題そのものを整理する手続にすでに着手している、ということ。この軸は過ちを争う軸ではなく、この人が問題を放置していないという事実を示す軸です。実務では、この軸がしばしば結果の幅を変えます。

異議申立書を一度捨てた

最初に書いた草稿は、結局捨てました。

最初の草稿は、理不尽さを説明する文章でした。この人は車を売り、乗ってもいないのに、通知を受けた。読めば事情は気の毒です。ただ、その文章には判断する材料がありませんでした。気の毒な事情は判断の対象ではなく、背景です。

二つ目の草稿は順序を変えました。冒頭に日付だけを八行、並べました。契約日、残金入金日、車両引渡し日、書類交付日、「ちゃんと済ませました」メッセージ受信日、そして移転登録の期限が過ぎた日。六行目と七行目のあいだで、本件のすべてが分かれます。その隙間で、譲渡人がしたことはなく、できることも残っていませんでした。

理不尽さを文章で書かず、日付の配列で見せること。理由書を書くとき、私が最も気を配る部分です。読む側が結論を自分で下せるように資料を置けば、説得の文章はむしろ削ってよいのです。

添付資料も選び直しました。最初は手元の資料を全部付けようとしました。通話記録、カフェ投稿のキャプチャ、契約当時にやり取りしたメッセージ全部。二十枚を超えました。そのうち六枚だけ残しました。資料が多いほど有利だ、というのは誤解に近い。審査する側が確認すべき事実がぼやければ、肝心の二、三枚の重みも一緒に軽くなります。

依頼人はこの過程をよく理解できませんでした。なぜある資料を外すのか、と。外すのではなく、後ろに回すのだ、と答えました。追加確認の要請が来たら、そのとき出せばよい。実際、本件ではそういうことは起きませんでした。

異議申立ては八日後に受理されました。そして本当の事件は、そこから始まりました。

答えは訴訟ではなく登録だった

過料を争うのは、すでに発生した一件を整理することです。ところが名義がそのまま残っている限り、来月も再来月も新しい納付書が来ます。自動車税は課され続け、その車がどこで何をしていようと、通知は登録原簿に書かれた人に届きます。

ですから本件の本体は、過料ではなく登録でした。

「自動車管理法」第十二条は、自動車を譲り受けた人が移転登録を申請するよう定めつつ、譲受人が申請しない場合には、譲渡人が代わって申請できるようにしています。実務ではこれを代位登録と呼びます。売った人が、買った人の代わりに名義を移してしまう手続です。

この制度を知っている人は、意外に少ない。相談に来る方の多くは「訴訟をして移転させないといけないのでは」と尋ねます。裁判所まで行かず登録官庁で終わる手続が、すでに用意されているという事実を、私自身、初めてこの業務に触れたときには、確認し直してようやく信じました。

依頼人に説明しました。訴訟はしません。代わりに、その車を買った人の名義に移します。移った瞬間から、税も過料も保険の義務も、そちらへ行きます。

「それができるんですか。私が勝手に、他人の名前で登録を?」

できる理由は、その人がすでにその車を買った人だからです。登録は新たに作るものではなく、すでに起きた取引を書類に反映することです。

問題は、その書類でした。

その車は、すでに別の人が乗っていた

代位登録に必要なのは、移転登録申請書、自動車譲渡証明書、譲渡人の印鑑証明書または本人署名事実確認書、住民登録票謄本といったものです。ところが二年半前、その封筒は丸ごと買い手に渡っていました。原本はあちら側にあります。

幸い、契約書は残っていました。正確には、契約書を携帯で撮った写真がありました。個人間取引をするにあたり、念のため撮っておいたものです。そこには買い手の氏名、生年月日、住所、連絡先が書かれていました。

ここで一つ触れておくことがあります。その方はこの写真を、二年半のあいだずっと持っていました。ではなぜ早くに何もできなかったのかと問えば、答えは単純です。何ができるのかを知らなかったからです。実際、差押えの通知を見つけた翌日、その方は区役所の窓口へ行きました。窓口では規程どおり案内を受けました。移転登録は譲受人が申請するものだから、譲受人に連絡してみるように、と。間違った案内ではありません。窓口が扱う民願は、受理された申請を審査することであって、この人がどんな手続を設計すべきかを相談する場ではありません。その方は買い手に電話をかけ、番号はすでに別の人が使っていました。そこで止まっていたのです。

私たちがまずしたのは、契約書上の住所へ内容証明を送ることでした。移転登録を履行するよう求める催告書です。目的は二つ。一つは、本当に連絡が付いて相手が自ら処理する場合。もう一つは、連絡が付かないという事実そのものを書面で残すこと。代位登録の受理段階で「譲受人が申請していない」という事情を説明しなければならないときがあり、返送された郵便一通は、言葉よりも雄弁です。

内容証明は十日で、宛先人不明で戻ってきました。

そしてそのころ、予想しなかった情報が一つ出てきました。番号板の領置に関して管轄を確認する過程で、その車が登録地からかなり離れた地域で確認された履歴がある、という話を聞いたのです。契約書上の買い手の住所とも異なる地域でした。

その車は、すでにもう一度手が変わったようでした。名義はそのままに、実物だけが動き回っている状態。こういう車を、俗に「テポチャ(幽霊車)」と呼びます。

依頼人はその話を聞いて表情が固まりました。「それじゃ、私はどうなるんですか。」

実務的には、むしろ方向が明確になった、と申し上げました。実際の占有者が誰であろうと、私たちが書類で証明できる取引は、二年半前のあの契約一つです。代位登録は、契約書上の買い手の名義に対して行えばよい。その人がその後、誰に渡したかは、その人と次の人のあいだの問題です。

売り物として出ていた

買い手の痕跡を探す過程で、もう一つ出てきました。

中古相場を確認しがてら、その年式・車種で出品を眺めていたところ、登録番号の一部が隠された出品を一つ見つけました。写真の車両の色と年式、走行距離の区間、そして露出した番号の一部が、その車と合致しました。個人販売者の投稿でした。

「偶然見つけた」と書けば話らしくなりますが、実はそうではありません。車の所在をつかむ手立てが乏しいとき、中古出品を眺めるのは、この種の事件で試してみる価値のある確認手段の一つです。名義を移さず走らせる車は、結局どこかの時点で再び売られるからです。今回は、その確認が当たった場合でした。

ここで再び、六月の改正が登場します。同じ施行日に、もう一つ変わりました。売買業者でない人が、インターネットで他人所有の自動車を売ったり売買を仲介したりする広告をするには、所有者の事前同意を得なければならない、という内容です。プラットフォーム事業者は同意を得た件だけ掲載でき、同意の有無を表示するようになっています。

その車の書類上の所有者は、依然として依頼人でした。そしてその方は、その広告に同意したことがありません。

この事実は二筋に使われました。一つはプラットフォームに投稿の訂正を求める根拠。もう一つは、代位登録の経緯書で「譲受人が移転登録をしないまま車両を処分してきた事情」を説明する資料です。皮肉なのはここです。名義を移さなかったために生じた問題なのに、名義を移さなかったおかげで、その車がどこまで行ったかが明らかになったのです。

依頼人が尋ねました。その広告に連絡して、いま持っている人を突き止めればよいのではないか、と。突き止めることはできるでしょう。ただ、突き止めて何をするのかが問題でした。その人は私たちの契約の相手ではなく、私たちが書類で証明できる取引は、やはり二年半前のあの一件だけです。登録は証明できるところまでしか行きません。その先は、彼らの問題として残ります。

別の道と、その道を選ばなかった理由

不法名義自動車の自主申告という別の制度もあります。検討はしました。ただ、その手続は運行停止や車両引渡しといった局面へつながるトラックで、時間がより掛かり、いま依頼人に必要なのは三月前に名義を整理することでした。二筋のうち、速いほうを選びました。

まず差押えを解かねばならなかった

代位登録の書類を揃えたからといって、すぐ受理されるわけではありませんでした。登録原簿に差押えがかかっていると、移転登録は進みません。差押えは自動車税の滞納で登録されたもので、滞納額は二年半分が加算金まで付いて積み上がっていました。

ここで依頼人は最も理不尽さを感じました。自分が乗ってもいない車の税金を、なぜ自分が払うのか、と。

納得しがたいのは当然です。ただ、地方税の賦課は登録原簿上の所有者を基準に行われ、実際に誰が運行したかを理由に、すでに賦課された自動車税を取り消してもらうことは、実務上きわめて難しい。そのお金は結局、買い手が負担すべきだったものですが、それを取り戻す問題は、行政手続ではなく民事の領域です。この点は最初から明確に申し上げました。私たちにできるのは、名義を切って今後の賦課を止めることであって、すでに発生したものを元に戻すことではない、と。

そこで順序を組み直しました。三つの機関を一日で回る代わりに、三日に分けました。

一日目、管轄の税務部門で滞納内訳を年度別に確定させました。納付書の束だけを見ても、何が残り、何がすでに整理されたのか分かりにくい。実際に確認すると、初年度上半期分は差押え前に両親が代納した履歴がありました。その分が抜けました。

二日目、納付と同時に差押え解除を申請できるよう書類を用意しました。滞納額が整理されれば差押え解除は可能ですが、納付処理と解除登録のあいだに数日の時差が生じます。その時差を知らずに登録所から行けば、無駄足です。

三日目、差押え解除が登録原簿に反映されたのを確認してから、ようやく移転登録の受理を準備しました。

この順序を逆にすれば、一度に一日ずつ押します。行政書類は、順序が半分です。

付随してもう一つ処理しました。登録原簿上の所有者の住所が旧住所のまま残っていました。この状態では、今後の通知もまた実家へ行きます。住民登録票抄本で住所履歴を付け、変更登録も併せて整理しました。事件の勝敗とは無関係ですが、同じことが繰り返されないようにするためでした。

車をなくす道もあったが

この時点で、もう一つの選択肢がありました。本稿の冒頭で述べた、あの条項です。

義務保険加入命令を履行しない状態が一年を超えれば、職権抹消が可能になります。依頼人の事件では、そのときまで六か月ほど残っていました。何もせず待てば、その車は書類上、消えます。所有者の問題もそれで終結します。

依頼人はこの話を聞いて、一瞬心が動きました。何もしなくてよいという意味だからです。

勧めませんでした。理由は三つです。

第一に、抹消までの六か月のあいだ、自動車税は課され続けます。滞納はさらに積み上がり、その方には三月という期限がありました。

第二に、職権抹消は登録官庁の判断で行われる手続です。要件が整えば必ずその日に抹消される保証があるのではなく、「できるようになる」ものです。六か月待ったのに処理がさらに遅れれば、取り返す時間がありません。

第三に、その車はいまもどこかで走っている可能性が高かった。名義がその方の宛名で残っているあいだ、その車に関して何か起きれば、通知は絶えずその方に来ます。待つという選択は、そのリスクをさらに六か月抱えていく選択でした。

待ってなくす道と、移して断つ道。同じ結果に見えて、あいだに置かれた六か月の重みが違いました。私たちは移すほうを選びました。

窓口で二度、補正を求められた

受理は一度で終わりませんでした。

一度目の補正要請は、譲渡の事実を確認する資料についてでした。契約書の写真と振込記録だけでは足りない、という趣旨です。そこで資料を組み直しました。契約書、残金振込の記録、印鑑証明書の発給事実の確認、引渡し当日と四日後のメッセージ、宛先人不明で返送された内容証明の封筒とともに配達証明、そして、この順序を一枚にまとめた経緯書を一番前に付けました。

経緯書を付けた理由があります。資料が十枚を超えると、審査する側が時系列を再構成しなければなりません。その再構成を申請人側で先にしておけば、判断が速くなります。これは書類をきれいに整える問題ではなく、審査者が何を確認すべきかを、あらかじめ定めておく問題です。

二度目の補正要請は、仁川の管轄についてでした。仁川は自治区が自動車登録の民願を処理するところがあり、他の地域と受理窓口が異なることがあります。代位登録のように、添付書類が一般の移転登録と異なる件は、特に受理前に担当部署を確認するほうがよい。私たちは二度目の訪問でようやくそれを正確に整理しました。正直に言えば、一度目の訪問前に確認しておくべきことでした。

受理は二度目の訪問で完了しました。最初の相談から数えて、二か月半が過ぎていました。

受理したあとも納付書は来た

受理証を受け取ってから十日ほど経ったとき、依頼人から電話が来ました。納付書がまた来た、というのです。

当然のことでした。受理は申請日にすぎず、登録原簿の所有者欄は審査が終わってから変わります。それまで賦課の基準はそのままです。ところがこの当然のことが、依頼人には当然ではありませんでした。申請したのに、なぜまだ来るのか、受理が間違っているのではないか、と。その気持ちは分かりました。二か月半を駆けてきた人に、見慣れた封筒が再び届けば、これまでしたことがすべて無に見えます。

こういう電話を受けるとき、私は残りの手続を日付で説明し直します。いまがどの段階で、次の段階がいつごろで、それまでに何がさらに来うるか。不安はたいてい情報の空白から来ます。空白を日付で埋めれば、待つことの性質が変わります。

そして実務的にもう一つ気を配りました。受理以後に賦課された自動車税の納付書は、別に保管してほしいと頼みました。名義が移ったあと課税期間を精算するとき、受理日と登録日のあいだの区間がどう処理されるかを確認する必要が生じうるからです。結果的に本件では大きな争点にはなりませんでしたが、確認しておかなければ、後で辿り直しにくい種類の資料です。

名義が移った日

登録が反映されたという確認を得たのは、それから三週間後でした。

登録原簿を再び取得しました。甲区の所有者欄には、別の名前が書かれていました。二年半前のあの契約書に書かれていた名前です。その車がいまどこで誰の手にあるのかは、依然として分かりません。ただ、その車に関する通知が依頼人に来ることは、その日で終わりました。

過料のほうの結果は、それより少し遅れて出ました。異議を申し立てた一件は裁判所の手続に移り、最終的に過料を科さないという決定を受けました。期限が過ぎて争えなかった二件は、そのまま残りました。その二件は納付しました。滞納の自動車税も、結局、依頼人が負担しました。

すべてを元に戻した事件ではありません。元に戻せる部分と戻せない部分が、最初から分かれていて、私たちがしたのは、その境界を正確に引き、戻せるほうを漏れなく処理したことに近い。四か月かかりました。

チョンセローンは翌年一月に承認されました。差押えが解け、滞納が整理されたあとでした。三月の結婚式の話は、その後は聞いていませんが、最後の通話でその方が言った言葉が記憶に残っています。車を売ったことが何か悪いことをしたようで、二年半のあいだ誰にも言えなかった、というのです。

悪いことではありません。書類をすべて渡し、残金を受け取り、相手の言葉を信じただけです。ただ、私たちの登録制度は、信頼ではなく申請で動きます。その二つのあいだの隙間で、こういう事件が生まれます。

いくつか、残しておくこと

  • 売買の場合、移転登録の期限は十五日で、申請義務は買った人にある。 しかし申請がなされないとき、請求書を受け取る人は売った人です。
  • 譲受人が申請しなければ、譲渡人が代わって申請できる。 「自動車管理法」第十二条が定める移転登録手続の中に、すでに道があります。訴訟へ行く前に確認することです。
  • 過料は行政審判や行政訴訟の対象ではない。 賦課通知を受けた日から六十日以内に賦課官庁へ異議を申し立て、その後は裁判所の過料裁判へ進みます。この六十日はよみがえりません。
  • 差押えがかかった状態では、移転登録は進まない。 滞納整理→差押え解除の反映→移転登録の受理、という順序を守らねばならず、各段階のあいだに数日ずつの時差があります。
  • 義務保険加入命令書は時計だ。 履行しない状態が長引けば、職権抹消につながりうる。放置車両には整理の手段ですが、名義だけ残った人には、その前に動くべき理由になります。

本稿は実際の相談事例をもとに再構成したもので、登場する人物・商号・地名・数値は、特定の個人や事件とは関係ありません。

似た状況でお困りでしたら、お気軽にお問い合わせください。

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