仁川広域市延寿区松島に事務所を構える行政書士です。仕事のなかで出会った一つの出来事をご紹介します。
残金決済日の四日前に発給された書類
結論から書けば、その印鑑証明書は病室のベッド脇の移動式テーブルの上で発給された。
邑・面・洞の職員二名がノートパソコンと小型プリンターを持って病院の四階まで上がってきて、母は左手で申請書に署名した。発給までにかかった時間は二十分ほど。残金決済日までは四日残っていた。
その二十分にたどり着くまでに五週間かかった。その間、却下された申請が二回、窓口から引き返した訪問が四回。最初に相談を申し込まれた娘さんが真っ先に口にしたのはこうだった。「委任状を三種類の様式で作って持って行ったのに、全部だめだと言われます。いったい何をこれ以上持って行けばいいのでしょうか」
問題は委任状ではなかった。

引き返した四度の訪問
娘さんは四十代後半、仁川で学習塾の講師をしている。母上は七十八歳。忠清圏の小都市で一人暮らしをされていたが、この春の終わりに脳梗塞で倒れ、搬送と手術を経て、今は仁川のリハビリ病院におられる。
意識ははっきりしている。会話もされるし、昨日食べたおかずも覚えておられる。ただ右の手足に麻痺が残った。歩行は不可能で、右手では印鑑を握れない。
娘さんが一人でやってみたことは、こうだった。
一つ目。母の住所地を管轄する行政福祉センターに電話をかけた。「ご本人が来られなければなりません」という答えだった。母が病院にいて来られないと伝えると、「では委任状をもらって来てください」という案内が続いた。二つの言葉は互いに食い違っていたが、そのときは分からなかった。
二つ目。インターネットで委任状の様式をダウンロードし、病室で母の署名をもらって仁川の行政福祉センターへ行った。受理されなかった。管轄ではない、ということだった。
三つ目。週末を使って母の住所地まで下った。片道二時間半。今度は別の理由で引き返した。委任状に母の印鑑が押されていなかったからである。自筆署名だけでは足りないという案内を、そのとき初めて聞いた。ところが母の印鑑がどこにあるのか、そのときは誰も知らなかった。
四つ目。いっそ病院の医療ソーシャルワーク室に尋ねた。担当者は親切で、介護等級申請の手続きは詳しく教えてくれたが、印鑑の問題は病院が扱える領域ではなかった。
四度通う間に五週間が流れた。興味深いのは、四度の案内がどれも間違った話ではなかったという点だ。それぞれの窓口は、自分が担当する範囲のなかで正確に答えていた。ただ、どの窓口もこの案件の全体を見てはいなかった。
行政手続きで市民が最も頻繁に疲れ果てるのはこの地点である。間違った答えを聞かされたからではなく、正しい答えを断片としてしか聞けないからだ。
そしてその五週間は、ただ流れ去った時間ではなかった。

五週間がただ流れ去った時間ではなかった理由
母上の名義の財産は、忠清圏の小都市にある専用面積59㎡のマンション一戸がすべてだ。相場は一億八千万ウォン前後。母が三十年以上住んだ家であり、父が亡くなってからは母の老後資金そのものだった。
リハビリ病院の入院費は月百三十万ウォン、付き添い費は別に月二百万ウォン強。娘さんの塾の給与では二か月が限界だった。そこで家を処分することにした。母上も病室でそうしようと言われた。
売買契約はすでに締結されていた。手付金一千八百万ウォンを受け取り、残金決済日は契約日から二か月後に定められていた。相談に来られたとき、残金決済日までは三十二日残っていた。
残金決済日に所有権移転ができなければ契約は揺らぐ。買主はすでに住んでいた家を処分し、引っ越しの日取りを決めていた。契約が解除されれば手付金の返還に加えて違約の問題がついてくる。そして何より、翌月の入院費を払う手立てが消える。
行政手続きの期限は書類にだけ書かれているのではない。たいていは誰かの生活の真ん中に掛かっている。

予約時間より十五分早く来られた方
娘さんは電話で相談を申し込まれる際、あらかじめ書類の写真をメールで送っておられた。委任状三枚、却下の案内を書き取ったメモ、売買契約書の一枚目。おかげで会う前に検討は半分ほど終わっていた。
水曜午後三時の予約だったが、十五分早く来られた。手にはクリアファイルが一つあり、中には日付順に整理された書類が入っていた。訪ねた窓口ごとに受けた案内を裏面にボールペンで書き留めておられたが、三度目の訪問分には線が二本引かれていた。
そういうファイルを作る方は、たいていすでに疲れている。整理が上手だから問題が解けるのではないと、四度の訪問で知ってしまうからだ。
最初の三十分は書類を見ずに状況だけを伺った。母上の状態、病院の位置、契約条件、残金決済日、そして娘さんが担っている月々の費用。書類の問題に見えることが実際には書類の問題でない場合が多いので、まず案件の地形を描いておくようにしている。
その三十分が終わったとき、この事件の実際の形が見えた。これは委任状の問題でも、誠実さの問題でもなかった。

却下の本当の理由
娘さんが持ってこられた書類を最初から見直した。委任状三種、母の身分証の写し、病院の入院確認書、そして売買契約書の写し。
問題は委任状の完成度ではなかった。
印鑑証明書は用途によって取扱いが異なる。一般用途の印鑑証明書は、委任を受けた者が代わりに申請できる。ところが不動産売渡用の印鑑証明書は違う。窓口では本人または法定代理人が直接申請しなければならないと案内される。関係法令がこの用途だけを切り出して、取扱いを別にしているからだ。
つまりこの案件は「委任状をもっと上手に書けば済む問題」ではなく、「委任という方法そのものが開かれていない問題」だった。娘さんが委任状の様式を三種類に増やしても結果が変わらなかった理由は、ここにあった。
最初の相談で私がしたことは、新しい書類を作ることではなく、争う地点を移すことだった。書式ではなく発給方式が問題なら、探すべきものはより良い委任状ではなく、本人が直接申請できるようにする別の経路である。
行政では壁にぶつかったとき、壁をより強く押すよりも、その壁がどの方向に立っているかをまず確認するほうが早い。
この説明を差し上げたとき、娘さんが尋ねられた。「では、この五週間は何だったのでしょうか」
なくてもよかった五週間だとは申し上げなかった。代わりにこう答えた。その五週間で確認されたことがある、と。母上が直接窓口に行けないという事実、委任では開かないという事実、管轄が忠清圏だという事実。三つが確定したから、残る経路は一つに絞られる、と。実際にそうだった。

窓口が病室へ来る方法
「印鑑証明法施行令」には、著しく歩行等が困難な人のための出張発給の根拠が設けられている。担当公務員が申請人のいる場所へ直接出向き、本人確認をして発給する方式である。病院、介護施設、自宅のいずれも対象となりうる。
この制度は広く知られていない。娘さんもご存じなかったし、正直に言えば電話応対だけでは案内が出てこない場合が多い。窓口職員の立場では、目の前に来た人の質問には原則的な答えから返すことになり、例外的な経路は書面で要請が入って初めて検討が始まる仕組みだからだ。担当者を責める話ではない。ただ、市民の側でその扉があることを知り、叩かねばならないということである。
そこで方向は決まった。委任ではなく出張発給。
ところがここで二つ目の壁が現れた。

印鑑はタンスの二番目の引き出しにあった
出張発給を申請するには、登録された印鑑がなければならない。そして母上の印鑑は、忠清圏のマンションの寝室のタンスの中にあった。
ここで母上が、この事件で最も決定的な役割を果たされた。病室で娘さんが尋ねると、母上は少し考えてから正確におっしゃった。「タンスの二番目の引き出し、青い箱。その中に通帳と一緒に入っている」
娘さんが週末に下って確認したところ、本当にそこにあった。青い箱の中に、印鑑一つと古い通帳が二冊。この件全体で最も順調に進んだ部分だった。
印鑑が残っているというのは大きな違いだった。印鑑を失くしていたら、印鑑の再届出手続きが先に必要になり、その届出もまた本人確認を要する手続きなので、出張の日程をもう一度組まなければならなかっただろう。すでに五週間を使った状況で、その一回は負担しきれなかった。
ただ、印鑑を見つけても問題が終わるわけではなかった。印鑑は忠清圏にあり、母上は仁川におられた。

管轄という壁
印鑑は住所地の邑・面・洞が管理する。母上の住民登録上の住所は依然として忠清圏だった。だから出張発給を要請すべき先も、そちらの行政福祉センターだった。
問題は距離だ。担当公務員が管轄区域を越えて他の市・道の病院まで出張に出るのは、現実的に難しい。制度が禁じているというより、業務処理の物理的な範囲がそのように設計されていないのである。
選択肢は二つだった。
一つは母上を一日外出させ、忠清圏の住所地までお連れすること。歩行が不可能で移動中に医療スタッフの同行が必要な状態で、片道二時間半の移動は現実的でなかった。費用も問題だったが、母上の状態が先だった。
もう一つは、母上の住民登録の住所を仁川へ移すこと。
二つ目の案が答えだということはすぐに見えた。ただしその瞬間、新たな問いがついた。母上は病院におられ、署名は左手でやっとという状態なのに、転入届は誰がどうやって出すのか。
そしてここが、この事件の転換点だった。

正解は印鑑の窓口ではなく転入の窓口にあった
「住民登録法」は、居住地を移した人に十四日以内の転入届を義務づけている。そしてこの届出は、転入する本人だけができるものではない。世帯主も届け出ることができる。
娘さんは仁川で自分名義のチョンセ(保証金賃貸)マンションに世帯主として住んでいた。母上をその世帯に合流させる転入届であれば、娘さんが世帯主の資格で直接申請できた。
そして転入届が処理されれば、印鑑管理の管轄も新しい住所地についてくる。つまり仁川の行政福祉センターが母上の印鑑を管轄することになり、病院までの距離は乗用車で二十分になる。出張発給が物理的に可能になる。
五週間のあいだ印鑑の窓口に四度通った案件が、転入の窓口一度で方向を定めた。
行政手続きで塞がれた扉の前に長く立たされる理由は、たいていその扉が施錠されているからではない。その扉に至る廊下が別の階にあるからだ。
ただ、この転入届にも手を入れるところがあった。
世帯主が他人を自分の世帯へ転入させる届出は、オンラインでは処理されない。窓口訪問が必要で、世帯主の身分証とともに、転入する人との関係を確認する書類が求められる。家族関係証明書で母娘関係を確認してもらう方法が最も簡単だった。
そしてもう一つ準備した。転入の理由を問われる場合に備えて、病院の在院確認書も併せて持参していただいた。母上が実際に仁川におられるという事実が確認されて初めて、この転入が形式的な住所移動ではないことがはっきりするからである。実際に窓口でその質問が出て、用意していった書類でその場で整理された。
転入届は受付当日に処理された。五週間かかった事件のなかで、最も早く終わった手続きだった。

移す前に計算してみたこと
ただし転入届をすぐには出さなかった。まず一日を使った。
住民登録を移すことは、住所一行が変わるだけでは終わらない。母上が受給されている基礎年金が絡んでいた。
基礎年金は所得認定額を基準に支給の可否と金額が決まる。このとき子女名義の住宅に居住する場合、一定の基準を超える住宅であれば、無料賃借推定所得という項目が所得に加算される。おおむね住宅の時価標準額が六億ウォン前後を超える場合が対象と知られているが、具体的な基準と算定方式は年ごとに変わりうるため、個別の確認が必要である。
もしこの項目がつけば、母上の基礎年金が減るか止まる可能性があった。月三十万ウォン余りだが、いまのこの家庭で三十万ウォンは小さな金ではなかった。
娘さんのマンションはチョンセだった。所有者が娘さんではないので、この規定とはそもそも無関係だった。確認に半日かかり、結果は「該当なし」だった。
半日を使った理由を、娘さんにこう申し上げた。この確認を飛ばして転入を出し、後で年金が調整されたら、そのときはもう戻すのが難しい、と。行政手続きで元に戻す作業は、前に進む作業よりたいてい二、三倍の時間がかかる。

診断書の文言をお願いし直した理由
出張発給を要請するには、歩行等が困難であるという事実を疎明しなければならない。病院から最初にいただいた書類にはこう書かれていた。「上記患者は脳梗塞にて入院治療中であり、身体の動きが不自由である」
この一文では足りなかった。「不自由」は範囲が広すぎる。松葉杖をつく人も動きが不自由だし、ベッドから起き上がれない人も動きが不自由だ。担当公務員が出張の可否を判断するとき、この一行では決められない。
主治医に文案の修正をお願いした。お願いした内容は三つ。独立歩行が可能かどうか、外出時に医療スタッフまたは保護者の同行が必要かどうか、そして予想される状態の持続期間。
新しくいただいた所見書にはこう記された。「右片麻痺により独立歩行不可、車椅子移動および保護者の常時同行が必要、現状態は三か月以上持続の見込み」
同じ事実を書いたのに、書類の力が変わった。制度はたいてい要件を文章で定めておき、担当者はその文章に当てはまるかどうかを見る。だから事実が要件に届いているのなら、その事実を要件の言葉で書いておくことが書類作成の本領である。ない事実を作ることとは、まったく別のことだ。

買主側に先に知らせた理由
出張発給の要請書を出した日、娘さんに一つお勧めした。買主側に現在の状況を知らせよう、ということだった。
娘さんは反対された。知らせれば買主が不安になり、契約を破棄しようと言い出すかもしれない、と。理解できる心配だった。
それでも知らせようと申し上げた理由は二つあった。
第一に、隠しておいて残金決済日に書類がなければ、そのときは協議の余地がない。その日は相手がすでに引っ越し荷物を積み終えている日である。一方、いま知らせればまだ三週間残っており、残る三週間は協議が可能な時間だ。
第二に、問題は知らせ方であって、知らせること自体ではなかった。「書類が出ないかもしれない」と言えば不安を与えるが、「このような手続きでこのような日程で発給予定であり、予備日程はこうです」と言えば情報を与えることになる。
そこで一枚の日程表を作って送った。出張発給の予定日、予備日、各段階の所要日数、そして万一遅れた場合に残金決済日を数日調整してほしいという依頼。依頼の根拠として、母上の状態を事実のみ書き入れた。
買主側の返信は三日後に来た。残金決済日はそのままとしつつ、やむを得ない場合は最大十日まで調整に協力するという内容だった。結果的にその十日は使わなかった。しかしその返信があるかないかで、残る三週間の重さが違った。
行政手続きで相手方はたいてい敵ではない。情報がないときにだけ敵になる。

一日で二つを終える順序
転入届が処理され、印鑑の管轄が仁川へ移った後、出張発給の要請書を提出した。ここでもう一つ調整した。
当初の計画どおりなら、出張は印鑑証明書の発給一件だった。ところが売買を仕上げるには、母上の本人確認が必要な書類がもう一つあった。登記関係の書類に入る本人確認の部分である。
その部分は買主側が選任した司法書士(法務士)が担っていた。そこでその事務所へ先に連絡し、病院訪問が必要な日付を確認して、出張発給の日程と同じ日の午後に合わせた。
母上の立場からすれば、体を起こして座り書類を確認する作業は一日一回で十分だ。二回に分ければ二度つらい。日程をくっつけた理由は、単に効率のためではなかった。
行政手続きの順序を組むとき最も見落とされがちな変数は、書類ではなく人の体力である。

買主の名前の一文字
出張の二日前、申請書の草案を作りながら売買契約書の写しをもう一度取り出した。
不動産売渡用の印鑑証明書には買主の人的事項が記載される。そしてこの記載が契約書および登記書類と食い違えば、登記の段階で問題になる。再発給が必要になり、再発給のためには出張をもう一度組まねばならない。
契約書に記された買主の名前の真ん中の字と、娘さんが書き留めておられた名前の真ん中の字が違っていた。よく混同される二つの字だった。娘さんが契約当時に急いで書き取ったメモが原因だった。
司法書士事務所を通じて買主の身分証の写しで確認した。契約書のほうが正しかった。
一文字だった。その一文字を出張当日の朝に発見していたら、その日の発給は流れ、次の出張日程を組むのに最低一週間はかかっただろう。残金決済日までの残り日数を考えれば、その一週間は存在しない時間だった。
書類の仕事は、最後にもう一度照合することで半分ほど決着がつく。

その二十分
出張当日、担当職員のお二人が午後二時に病院へ到着された。
本人確認、意思確認、申請書の作成、印鑑の照合。母上は左手で署名された。右手が使えなくなってから、娘さんが病室で練習を手伝われたという。初めは文字が重なって読み取りにくかったが、この日の署名は画がはっきりしていた。
その日、小さな騒動が一つあった。病室のコンセントがベッドの枕元にしかなく、プリンターの電源コードが届かなかったのだ。隣のベッドの付き添いの方が電源タップを貸してくださり、おかげで書類が出た。娘さんは後日その方に飲み物を買って差し上げたという。
発給まで二十分。書類を受け取った娘さんは、病室のドアの前でしばらく立っておられた。
五日後に残金が支払われ、所有権移転が完了した。売買代金は母上の口座に入金された。入院費はその口座から自動引き落としで出るように整えた。
初回相談から残金決済までの三十二日のうち、実際に書類を扱った日は八日だった。残りの二十四日は、順序を決め、確認し、待った時間だった。行政の仕事はおおむねそういうものである。

残った仕事、そして残った人
家が片づいて当面の急場はしのいだが、事が全部終わったわけではなかった。
転入が完了した後、長期療養認定の申請を進めた。この申請は家族が代理で行える。ただ時期を少し調整した。等級判定のための訪問調査は申請人の実際の生活の場で行われるが、入院中に調査が入ると退院後の状況と食い違う可能性がある。そこで医師の所見書はあらかじめ用意しつつ、申請の受付は退院日程が決まった後に合わせた。
結果は三等級だった。娘さんは二等級を期待しておられ、その差は利用可能な給付限度につながる。期待に届かなかった結果をそのままお伝えし、異議申立てはお勧めしなかった。訪問調査の記録と所見書を並べて見れば、再申請で等級が変わる余地は大きくないと判断したからである。実らないことに時間と費用を使わせるのも誤りだ。
一つは前もって整理しておいた。売買代金が母上の口座に入ることで母上の財産状況が変わり、これは基礎年金の算定に反映される。届出を先延ばしにすれば、後で遡及して返還を求められる形で戻ってくる。そこで残金入金の直後に変動届を提出した。予想どおり基礎年金は調整されたが、突然の返還通知を受け取る事態は避けられた。
行政において悪い知らせは、たいてい遅く知るほど大きくなる。
母上は秋に介護施設へ移られた。娘さんは塾の授業を減らさずに済んだ。
最後に病室に立ち寄った日、母上が左手で書いた紙が一枚、ベッドの脇に置かれていた。署名の練習をしていた紙だったが、いちばん下の行には自分の名前ではない別の文字が書かれていた。娘さんの名前の三文字だった。
行政手続きは、しばしば人の生活を何か月も掴んで離さない。その時間をお返しする仕事が、当事務所の仕事の一つである。

書き残しておくいくつか
似た状況にある方のために整理しておきます。
① 印鑑証明書はまず用途を確認してください。 一般用途は委任による発給が可能ですが、不動産売渡用は本人申請を求めます。委任状を何度書き直しても結果が同じなら、書式の問題ではなく発給方式の問題である可能性があります。
② 歩行等が困難な場合、出張発給という経路があります。 病院・介護施設・自宅いずれも検討の対象です。電話での問い合わせだけでは案内が出ないことがあるので、状態を具体的に記した医療所見書を揃え、書面で要請するほうが確実です。
③ 医療所見書の文言は要件に合わせて依頼してください。 「動きが不自由」よりも「独立歩行不可、同行が必要、持続の見込み期間」のように、判断できる事実が書かれている必要があります。
④ 住所を移す前に年金・給付への影響をまず計算してください。 基礎年金・医療給付などは世帯構成や居住形態によって算定が変わりうるものです。基準は年ごとに変わるため、管轄機関での個別確認が必要です。
⑤ 売渡用印鑑証明書の買主の人的事項は、契約書と一文字まで照合してください。 食い違えば再発給となり、再発給は日程全体を押し戻します。
印鑑・住民登録・医療所見・売買日程のように異なる窓口が絡むときは、それぞれの手続きを上手にこなすことよりも、順序をどう置くかが結果を分けます。関係規定と処理基準は事案ごとに異なるため、管轄機関での個別確認が必要です。
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本稿は実際の相談事例をもとに再構成したものであり、登場する人物・商号・地名・数値は特定の個人や事件とは無関係です。

