仁川市延寿区の松島(ソンド)に事務所を構える行政書士(韓国の国家資格「행정사」。日本の行政書士に相当し、依頼人に代わって行政機関への申請書類や許認可手続きを担う専門職)です。仕事の中で出会ったひとつのエピソードをご紹介します。
その青年は、入営日の通知を受けた日、その日付を初めて自分の手でカレンダーに書き込んだと言った。
一年半前まで、そのカレンダーには同じ言葉が三度書かれていた。再検査。
その三度のうち二度は、必要なかったのかもしれない。体の状態が違ったからではない。体の状態を示す書類が、毎回足りなかったからだ。

カレンダーに三度書かれた言葉
最初の連絡は母親からだった。メールで、添付ファイルが二つあった。兵役判定検査の結果通知書と、再身体検査の案内文の写真だった。
本文は短かった。息子がまた7級を受けた、次もこうなったらもう休学を延ばせない、という内容だった。
通知書を見ると、二度目の7級だった。最初の判定で7級を受けて再身体検査を受けたが、その再検査でも再び7級が出た。そして三度目の再検査の日程が二か月後に組まれていた。
息子は二十二歳、大学三年を終えて休学中だった。休学できる期間はほとんど残っていなかった。兵役の問題が片付かなければ、復学も入隊も、その間の計画も立てられなかった。
交換留学生の選考も一度保留になったという。選ばれはしたが、兵役事項が確定しておらず、出国の日程を組めなかったのだ。アルバイトも、長い契約期間を組めないため短期のものしかしていなかった。
彼が望んでいたのは、特定の等級ではなかった。最初の相談で彼はこう言った。どちらでもいいから結論が出てほしい、と。
その言葉が、この件の方向を決めた。
最初の相談は予約した日の午後だった。母親と息子が一緒に来た。相談を始めるにあたって、私はまず一つのことを決めた。この件の当事者は息子だということ。
母親の心配は大きく、質問もほとんど母親がした。ただ、兵役判定は本人のことであり、判定の場に立つのも本人だ。再検査当日に判定医の質問に答えるのも本人だ。そこで相談の中盤からは、質問を息子に直接向けた。いつ初めて症状があったのか、どの病院をどんな順番で受診したのか、今はどうなのか。
息子は最初、短く答えた。二つ目の質問からは少しずつ長くなった。そして三つ目の質問で、母親も知らなかった病院の名前が一つ出てきた。大学の寮にいた頃に少しだけ通った医院だった。
本人に直接尋ねていなければ、その医院は書類ファイルから抜け落ちていただろう。

7級という判定が意味するもの
兵役判定検査の身体等級は、1級から7級までに分かれている。おおむね1級から3級は現役、4級は補充役、5級は戦時勤労役、6級は兵役免除にあたる。
そして7級は少し違う。7級は、どちらにも判定を下していない状態だ。疾病や治療の経過のために現時点では判定が難しいとみなし、一定期間の後に改めて検査を受けさせる等級である。
つまり7級は結果ではなく保留だ。そして保留が繰り返されると、人の時間が止まる。
彼が二度7級を受けた理由は、通知書に短く記されていた。治療経過の確認が必要だという趣旨だった。判定を担当した医師が現在の状態を判断するには資料が不足していた、という意味に読めた。
ここで一つ、はっきりさせておいた。身体等級を判定するのは兵務庁の判定医である。行政書士は医学的な判断をしない。私たちにできるのは、判定に必要な資料が漏れなく、読みやすい順番で準備されるよう手伝うところまでだ。
その境界を初日にご説明した。母親は少し落胆した表情を見せ、息子はむしろうなずいた。
同じ日にもう一つ決めたことがある。診療記録をどう扱うかだった。
診療記録はセンシティブな情報だ。病名、治療内容、検査数値がすべて含まれる。そこで原本は本人が保管し、当事務所は整理に必要な写しだけを受け取ることにした。写しはこの件にのみ使い、終わったら本人に返すか廃棄することにした。この内容を一枚の紙に書き、署名をもらった。
形式的な手続きに見えるが、理由がある。兵役判定の資料を準備する人は、たいてい自分の病歴を誰かに初めて広げて見せることになる。その記録がどこにどう残るのかを先にはっきりさせておけば、その後の会話がずっと楽になる。
実際、その署名をもらった後、息子は携帯電話の中の薬袋の写真をためらうことなく見せてくれた。

一人で二度行った後だった
彼はすでに二度、再検査に行っていた。二度とも一人で準備した。
一度目の再検査のときは、近所の医院でもらった診断書を一枚持って行った。診断名と日付が書かれた一枚だった。判定医は治療経過が分かる資料はあるかと尋ね、彼はないと答えた。結果はまた7級だった。
二度目の再検査のときは、もう少し準備した。大学病院で所見書(意見書)をもらって行った。ところがその所見書には、直近一回の診療内容しか書かれていなかった。発症時期、その間の治療、検査結果の変化は入っていなかった。結果はまたしても7級だった。
彼は二度とも書類を持って行った。ただ、二度とも、判定に必要な問いに答える書類ではなかった。
判定医が知りたいことは、たいてい三つだ。いつからどんな状態だったのか。その間どんな治療を受けてきたのか。今はどんな状態で、今後どうなると見込まれるのか。診断書一枚は、一つ目の問いの一部にしか答えない。
三度目の再検査まで残された時間は二か月だった。
二か月は余裕があるように見える。しかし逆算してみると、そうではなかった。
大学病院の外来予約は三週間後にしか取れなかった。所見書をもらうには、その診療を経る必要があった。検査結果票の発行は、診療当日にできる病院もあれば、申請から数日かかる病院もあった。専門医院は所見書の作成に一週間ほしいと言った。
そこで再検査の日付から逆に日付を書き出した。再検査の一週間前までにすべての書類を受領。その二週間前までに所見書を申請。その前に大学病院の外来受診。そして今すぐやるべきことは二つだった。大学病院の外来予約、そして近所の医院と専門医院の診療記録の写しの申請。
その晩、息子は大学病院の予約を取った。カレンダーに日付が四つ新しく書き込まれた。今度は「再検査」という言葉だけのカレンダーではなかった。

案内文にすでに書かれていた
最初の相談でまず何よりも先にしたのは、再身体検査の案内文を読み直すことだった。
案内文には、再検査の際に持参する書類が書かれていた。病名によって必要な資料が異なるという説明とともに、診療記録や検査結果票などを準備するようにという文言があった。彼はこの案内文を二度受け取り、二度とも上の部分の日付と場所しか見ていなかった。
珍しいことではない。行政の案内文はたいてい一行目に日程があり、大事な準備物は下の方の小さな字で書かれている。人は日程を確認した瞬間、案内文を全部読んだと思ってしまう。
次にしたのは、兵務庁に問い合わせる項目を整理することだった。彼の病名に関して判定にどんな種類の資料が必要なのか、原本が必要なのか写しでよいのか、発行日の基準はあるのか。病名ごとに求められる資料は異なりうるし、その基準は推測せずに確認するのが順序だ。
電話は彼が自分でかけた。本人が確認した方が答えも正確で、次に同じ疑問が生じたときにも自分でできるようになる。私は質問リストを一枚にまとめて渡し、彼は通話しながらその横に答えを書き留めた。
通話は十五分かかった。その十五分で、準備すべき書類の輪郭がつかめた。
通話リストにはもう一つ質問があった。再検査の日程を延ばせるかどうかだった。書類の準備が間に合いそうにないときに備えた質問だった。
答えは、事由によっては可能な場合もある、というものだった。ただ、私たちは延ばさないことにした。彼の目標は結論であり、日程を延ばせばその分、結論も遅れる。日程変更は、書類がどうしても期限までに揃わないときに使う最後のカードとして残しておいた。
選択肢を知ったうえで使わないのと、知らずに使えないのとは違う。知っていれば、日程が厳しくなっても焦らずにすむ。

診療記録を一本の線に並べた
その次が、最も時間のかかった作業だった。診療記録を集め、一本の線に並べること。
彼は三か所の医療機関に通っていた。最初に症状が出たときに行った近所の医院、精密検査を受けた大学病院、そしてその後継続して治療を受けた専門医院。三か所の記録を合わせて初めて、発症から現在までが見えた。
私はまず、A4用紙一枚に表を作った。欄は四つ。日付、医療機関、診療または検査の内容、その記録について発行を受ける書類の名称。彼の記憶と、携帯電話の中の予約メッセージ、薬袋の写真を集めて日付を埋めた。
この表が発行依頼書の役割を果たした。各病院に行って、この日付の診療記録の写しと、この日付の検査結果票を発行してほしいと頼めばよかった。漠然と記録を全部くださいと言えば病院も困るし、受け取る側も何百枚も抱えて帰ることになる。
診療記録の写しは本人が直接申請しなければならない場合が多い。そこで病院へは彼が行った。その代わり、どの病院をどの順番で回れば一日で二か所回れるか、というところまで動線を組んであげた。
記録が集まると、初めて彼の治療経過が一つの流れとして見えた。発症、検査、治療開始、二度の薬の調整、最近の状態。そして一つのことが明らかになった。二度目の再検査の後に受けた検査結果が、最も新しい状態を最もよく示していたのだ。
その検査結果票は彼の引き出しの中にあった。受け取ってはいたが、再検査に持って行くべきだとは思いつかなかったという。
記録を集める間には、つまずきもあった。寮にいた頃に通った医院がその間に電算システムを変えており、古い記録の発行には時間がかかると言われた。
こういう場合、ただ待っているだけでは日程が崩れる。そこでまず受診日から確定させた。健康保険の診療履歴を照会すれば、いつどの医療機関を利用したかが分かる。その資料で寮にいた頃の受診日を確認し、医院にはその日付の記録だけを特定して依頼した。範囲が狭まると、発行は三日で済んだ。
書類の名称も病院ごとに違った。ある所は診療記録の写しと言い、別の所は診療経過記録票と言い、また別の所は先に診療確認書を勧めてきた。名称が違えば中身も違うことがある。そこで病院ごとに、発行前にどんな内容が含まれるのかを先に尋ねるようにしてもらった。日付と診療内容が入るのか、検査数値が入るのか。
同じ記録を二度発行してもらうことはなかった。この一度の確認が、病院への訪問を二、三回減らした。

所見書を依頼するときの言葉
診療記録が揃うと、最後に必要なものがあった。現在治療を担当している医師の所見書だ。
ここでよくある失敗がある。患者が医師に「兵務庁用なので、よく書いてください」と頼むことだ。そういう頼み方はしない。医師は事実をそのまま書くだけであり、事実と異なる所見書はそれ自体が問題になる。何よりそうした頼みは、判定の信頼性を自ら損なう。
その代わり、何が必要なのかを正確に伝えることは必要だ。そこで彼が診察室で話すことを二行にまとめた。兵役判定の再身体検査に提出する所見書が必要だということ。そして、発症時期、これまでの治療経過、現在の状態、今後の治療計画が入っていると判定の助けになると案内を受けた、ということ。
内容をどう書くかは医師の領分だ。私たちがしたのは、所見書に入れるべき項目のリストを伝えるところまでだ。
医師はそのリストを見てうなずいたそうだ。前回はこうした説明なしに所見書だけを求められたので、直近の診療だけを書いたのだと。
二度目の再検査に持って行った所見書が短かった理由は、そこにあった。医師は何を書けばよいのか知らなかったのだ。

膨らませなかった理由
資料を整理している途中、母親が一度お尋ねになった。以前、別の症状で少し病院に行った記録も入れたらどうか、と。
入れなかった。判定対象の疾患と関係のない記録を混ぜると、読む人が流れを見失う。そして関係のない記録を何枚も添付することは、意図とは関係なく、状態を膨らませようとする試みとして読まれかねない。
兵役判定の資料は特にそうだ。判定は実際の状態を基準に行われ、事実と異なる資料や誇張された資料は、判定の信頼を失わせるだけでなく、それ自体が別の問題になりうる。私たちが目指したのは有利な判定ではなく、正確な判定だった。
彼が望んでいたのもそれだった。どちらでもいいから結論を。正確な資料は結論を早める。不足した資料は保留を招き、膨らませた資料は疑いを招く。どちらも結論を遅らせる。
だから書類ファイルの原則は一つだった。判定対象の疾患に関する記録だけを、時系列順に、漏れなく。
その日の相談が終わった後、母親が静かにもう一つお尋ねになった。もし今回も7級が出たらどうするのか、と。
その問いには書類で答えることはできなかった。判定は私たちの領分ではないからだ。その代わり、こうお伝えした。今回の書類ファイルは、判定医が判断するのに必要な問いにすべて答えるよう作ってある。それでも保留が出たら、そのときは判定結果に書かれた事由を見て何が足りなかったのかを確かめ、改めて順序を組めばいい、と。
不安はたいてい、次の段階が分からないときに大きくなる。次の段階があると分かるだけでも、人は少し楽になる。母親はその日初めて、息子より先に席をお立ちになった。

再検査当日の書類一式
再検査の前日、書類ファイルを最終的に整理した。
一番前に一枚ものの要約を付けた。発症時期、医療機関ごとの治療期間、最近の検査日、添付書類の一覧。要約の下には添付番号を振った。要約には診断や判断は入れなかった。日付と機関と書類名だけを書いた。
その後ろに時系列順で、診療記録の写し、検査結果票、所見書を配置した。原本が必要な書類と写しで足りる書類を分け、原本は別の封筒に入れた。窓口で原本を確認した後、返してもらえるように。
そして彼に一つお願いをした。判定医に質問されたら、書類を見ずに記憶のとおりに答えること。書類は記憶を裏付けるものであって、代わりになるものではない。答えが書類と食い違わないようにするには、書類を何度か読んでおけばいい。
彼はその夜、要約一枚を三回読んだと言った。
再検査当日の朝、彼は予定時刻より三十分早く着いたそうだ。待合室には同じ年頃の人が何人もいた。書類の封筒を持った人もいれば、手ぶらの人もいた。
判定医は書類ファイルを前からめくったという。要約一枚のところで少し手を止め、その次の数枚は素早くめくり、最も新しい検査結果票で再び止まった。そして二つのことを尋ねた。最近薬を変えた理由は何だったのか、今の日常生活で不便な点は何か。
どちらも書類ファイルの中に答えがある質問だった。彼は書類を見ずに答えた。前の晩に三回読んだおかげだった。
判定の場で、書類は言葉の代わりにはならない。ただ、言葉が揺らがないよう支えてくれる。
再検査は午前中だった。午後にメッセージが届いた。書類を全部受け取ってもらえた、今回は何か違う感じがした、と。

判定に異議があるときの経路
今回の件では使わなかったが、相談中に彼が尋ねたことがある。もし今回も結果に納得できなかったらどうすればいいのか、という質問だった。
経路を二つに分けて説明した。一つは、兵役法令(병역법령)が定める手続きの中で再び判定を受けるか、処分の変更を求める道だ。事由と時期によって申請できる手続きと期限が異なるため、該当するかどうかは管轄の地方兵務庁にまず確認しなければならない。
もう一つは、兵役処分そのものを行政処分とみなして争う道だ。行政審判法(「행정심판법」)が定める請求期間は、処分があったことを知った日から九十日以内である。期限を過ぎれば、争う機会そのものが失われる。
どちらにも共通点がある。結果の通知を受けた日から時計が回り始めるということ。そしてどちらの道でも、今回作った書類ファイルがそのまま出発点になるということ。
彼はその説明を聞いて、通知書を受け取ったらまず日付から書き留めると言った。今回は使う必要がなかった。

飲み物の箱の中の学生証
この件には、ちょっとした騒ぎが一つあった。
再検査を控えた週、彼が事務所に飲み物を一箱置いていった。お気遣いなくと言ったのに、あえて置いていった。
翌朝、電話がかかってきた。学生証をなくしたのだが、もしかして事務所にないか、ということだった。探してみたがなかった。午後、飲み物の箱を開けていて見つけた。箱の一番上、ビニール包装の間に学生証が挟まっていた。
箱を持ってくる途中で学生証を上に載せ、そのままテープを貼ってしまったらしい。彼はその晩学生証を取りに来て、飲み物を一本取り出して飲んでから帰っていった。
それ以来、書類ファイルの一番前の要約一枚の横に、「身分証を忘れずに」という一行をボールペンで書いてあげた。再検査の日に身分証を忘れたら、書類がどれほど完璧でも意味がない。

結果
三度目の再検査で等級が確定した。7級ではない、確定判定だった。具体的な等級は書かない。判定は個人の健康状態に応じて兵務庁が下すものであり、等級そのものがこの話の要点でもない。
要点は、保留が終わったということだ。一年半の間に三度書かれた「再検査」という言葉の後に、初めて別の言葉が書き込まれた。
彼は判定に従って服務日程を確認し、休学期間が終わる前に入営日を受け取った。交換留学は服務を終えてから改めて応募することにしたそうだ。選考基準はあらかじめ調べておいたという。
全体の期間は、最初のメールから約二か月半だった。書類準備に一か月半、残りは再検査までの待ち時間だった。
書き留めておく価値のあることが一つある。今回の再検査に持って行った書類のうち最も決定的だったのは、新しく作った書類ではなかった。二度目の再検査の後に受け取って引き出しにしまっておいた検査結果票だった。必要な資料はすでにあった。ただ、判定の場にたどり着いていなかっただけだ。
行政手続きにおける保留は、たいてい何かがないからではなく、何かがあるべき場所にないから生じる。
最後の電話で、彼が言ったことがある。結果がどう出ても、今回なら受け入れられただろう、と。できることは全部やったのだから。
行政手続きでは、結果よりもその間の時間が人をすり減らす。その時間を終わらせることが、この仕事で最も実質的な部分である。

残しておきたいいくつかのこと
再身体検査を控えているなら、次のような順序で進めてみてください。
① 案内文の「持参物」欄から読んでください。 日程より下に書かれた持参書類が判定を左右します。病名によって必要な資料が異なるため、管轄の兵務庁に直接確認するのが確実です。
② 診療記録を発症から現在まで一本の線に並べてください。 日付・医療機関・診療内容・発行書類名を表にすれば、その表がそのまま病院ごとの発行依頼書になります。
③ 所見書に入れるべき項目を医師に伝えてください。 発症時期、治療経過、現在の状態、今後の計画。内容は医師が事実のとおりに書きます。有利に書いてほしいという頼みはしません。
④ 関係のない記録は入れないでください。 流れをぼやけさせ、誇張と受け取られるおそれがあります。判定対象の疾患に関する記録だけを、時系列順に。
⑤ 通知を受けたら、まず日付を書き留めてください。 判定に異議があるときの手続きも、行政審判の請求期間も、すべて通知を基準に始まります。
兵役判定の身体等級、再身体検査、異議手続きの要件と期限は、事由と時期によって異なり、随時変わります。事案ごとに要件が異なるため、管轄の地方兵務庁への個別の確認が必要です。
本事例は理解を助けるために再構成した架空の話であり、登場する人物・商号・地名・数値は特定の個人や事件とは関係ありません。

